安部首相の街頭演説に異議を唱える籠池さんの記事があった。そこには「籠池砲」という言葉がある。


「砲」という言葉を聞いて抱くイメージはいろいろあるだろうが、個人的にはネットでこの言葉が使われるとすぐ連想するのが「田代砲」だ。
ニコニコ大百科にある解説を交えて説明すると、「田代砲」はいろんなサイトにアクセスし続ける、一種の攻撃用連続投票スクリプトだ。2001年当時、米 TIME 誌は表紙を飾る「今年の人 (PERSON OF THE YEAR)」をネット投票で決定しようとしていた。それに目をつけた”2ちゃんねらーたち”が、盗撮や覗き、覚せい剤所持で逮捕されたタレントの田代まさしをトップに押し上げようと、プログラムを開発し、その結果世の中に配布されたのが「田代砲」だ。

なぜ記者はこの「砲」という言葉を使ったのだろう。オンライン記事を扱う記者だろうから、きっとこの「田代砲」のことは知っていたと思う。もちろん「田代砲」のように連続した行為を期待していたかどうかは定かではないが、知って使う以上はなにか意味を持たせようとしていたのだろうか。

そもそも籠池さんが作ろうとした小学校の趣旨にはほとんど賛成しかねるのだが、それでも今回の「籠池砲」にはなんだか共感を覚える。きっと、おかしいものに対して「おかしい」と言い続ける姿勢があるからだろう。

揶揄でなく、いつまでも「ひとつの砲」であり続けて欲しいと、心から思った。お互い、「a 砲」でいようとエールを送りたくなったのである。