うちのようなヒマなクリニックは業者から狙われやすい。いつ行っても院長と話ができるからだ。
診療で忙しいからと断りたいのだが、院内には患者の気配がないのですぐばれてしまう。
先日も若い業者がズケズケと入ってきては、さっさと用件をすまし、院長の顔についた寝ジワを見ては世間話を始めた。最近ゴルフを始めたという。
ある事情でゴルフから離れてもう何十年にもなるが、若い頃はゴルフ理論の本を読みあさり、日を空けず練習場に通ったものだ。だからフォームには相当に自信がある。
眠い目をこすりながら、それではちょっとシャドウスウィングを見てあげようと先輩風を吹かせてみる。
クラブをもたずの素振りをその若者がやる。するとやはり初心者がよくやる間違いを見事に犯していた。
ゴルフの基本は回転である。腕を伸ばし両手を合わせてそのまま肩の高さまで持ってくる。その腕の状態を保ちつつ、右ききなら体をできる限り右に回転させるのだ。体を回すことができなくなる限界まで来たときに両腕をなるべく伸ばしたまま上に上げる。
このときの状態がクラブを上に上げたときのトップといわれる基本の姿勢だ。
だが彼は違っていた。素振りとはいえ、回転がほとんどない動作を見事に披露していたのだ。
極端にいえば、両手を合わせてそれを右肩に乗せるようにし、その位置から両手を上に上げるようにしているだけだった。似て非なるものなのだが、初心者はなかなか気づかないものだ。
ところでなぜこんなメモをしているのか、説明しなければならないだろう。
写真はマサチューセッツ工科大学の研究者が開発中のロボットスーツだ。あらかじめインプットされた動きを、装着した人に伝えるものである。間違った動きをすると振動で1ミリ単位の正しい動きの方向を伝えるという。まだまだ解決しなければならない課題が山積みのようだが、もし実現できればいろいろな用途に使えそうだと研究者は踏んでいる。
たとえば脊髄を損傷した人が運動能力を快復するのに使えるかもしれない。あるいは赤ん坊が早く歩けるように利用できるだろうし、水泳のフォームの修正にも適応可能になるかもしれない。将来の腰痛予防のため正しい座り方もこれで学べるかもしれない。実際これである動作を学生に学ばせたところ、23%学習率がアップし、またエラーが27%も減ったのだ。
なにがアップでなにが減少かはネタ元を読むかぎり分からないが、そんなことはさておき、研究者は、ゴルフへの適応に、より大きな商業的価値を見いだしている。なんといっても米国ではゴルフのビデオ解析装置は毎年数億円の市場を形成しているのだ。
もしこんな装置が院長が若いときに出回っていれば、まっさきに飛びついていただろう。そしてゴルフをやめることもなかったに違いない。
本を買いあさり、練習場に足繁く通っても、スコアは全くよくならなかったあのころを思い出す。
結局うまくなったのは、ゴルフがうまい素振りだけだった。
あやつられ人間になるわけですね
診療では、病気についてよく知っているような素振りができるになりました。