キー

 夜、街に出て歩道を歩いていたときのこと。白いミニスカートの女の子がマンションから飛び出してきた。歩道には白いスポーツカーが止まっていて、その女の子、車めがけて走っていく。
 ああ、いまからデートなのか。彼女、「待ったぁ?」とかいいながら助手席のドアを開けるのだろうなと思ってたら、なんと、ドアになにかを思い切りぶつけたじゃありませんか。その後すぐ今きた道を足早に引き返し、彼女またマンションに入ってしまった。


 ホント、あっという間の出来事でして。道路には鍵が3つほどついた大きめのぬいぐるみのキーホルダーが横たわっている。
車の運転手は若造くん。間違いなく車には傷がついていただろうし、あるいはサイドミラーで彼女の姿を追っていたのかもしれないけど、見た目には動揺した風もない。もちろん路上に横たわる鍵にも気づいていたに違いないんだけど、別に降りてそれを拾うわけでもなく、それまで点滅させていたハザードランプを消して渋滞した道路へゆっくりと車を出して行った。
 二人の間にけんかがあったのは間違いないよね。捨てられた鍵の一つはおそらく彼の部屋の鍵なんだろ。そこまではいいとして、でも他の二つのものはなんなんだろうか。彼に関する鍵が二つもあるなんてことは、あるんだろうか。やっぱり彼女の机の鍵とか自転車の鍵とか、彼女自身の鍵の方の可能性が高いような気がする。
 机のなかには彼との写真があり、そのなかには自転車に乗った彼の写真。
 なんにしろ彼との思い出はもう二度と開きたくないという気持ちが煮詰まっていたんだろうな。
 騒動のあと、道路に静かに横たわる彼女の心のキーズという、映画にでも出てきそうなワンシーンでした。

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