ワクチン


新型インフルエンザのワクチン接種が始まった。こんな弱小クリニックにもワクチンが届けられるのはありがたいのだが、心の奥底で感じるものがある。自分はこのワクチンのどれほどを理解しているのか、すべてを理解できないのにそれを実践しようというのか、そんな悲哀にも似た疑問が心の奥底でうごめくのだ。


確かに免疫の初歩ぐらいは語ることができるし、H1N1がロケットの名前でないことぐらい知っている。だがもっと細かな免疫のこと、たとえば、えーと、そのー…ってな具合に次をつなげることができない自分がなさけない。
確かに現場と研究室という違いはある。注射をすれば血が流れる。流血事件は現場で起きているのだ、などと踊りながら納得することも落としどころとしてはあるかもしれない。
だがこれは奥深い問題なのだ。大風呂敷を広げれば、科学と実践の問題なのだ…たぶん。
たとえば日本で初めてワクチン接種を行った緒方洪庵も同じような悩みを持っていたに違いない。長崎でオランダ医から天然痘のワクチン接種を学んだ彼も一体自分はどれほど”免疫”について知っているのか、自問していたことだろう。そもそも免疫という概念すら確立してなく、間違いなく今より医学知識は劣っていたのだが、それでも彼は果敢にも天然痘に立ち向かっていった。
そうだ、彼に倣おう。
大方コーアンじゃあるまいか、などと悩みつつ接種する彼の姿を想像すると、少しは心が落ち着くというものだ。

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