ノブレス・オブリージュ

「植物たちは地球上に誕生した生命の先駆者としてのノブレス・オブリージュを忘れることはない」

今読んでいる、大好きな生物学者でエッセイストの福岡伸一さんの著書に出てくる一節だ。
うーん、困ってしまった。ノブレス・オブリージュってなんだ?

この言葉に限らず、世の中にごまんと知らない言葉がある。どれくらいあるのか、数えようとしたが、知らない言葉が思いつかないので分からなかった。でも、とくにかくそのひとつに出会ったことは間違いない。

で、調べてみると、コトバンクに次のようにある。
「身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという、欧米社会における基本的な道徳観」

福岡さんといえば、造っては壊すことを繰り返す、”動的平衡”で生命やものごとをとらえようとする思考で有名だが、そんなことより、少年のような目で物事を描写する、そのさまに院長はぐいぐい惹かれている。

でもこの個所で、この言葉をわざわざ用いなくてもいいのではないだろか、との疑問がある。
ただ単に「生命の先駆者としての施しを忘れることはない」ではだめなのだろうか。
いやいや、センスオブワンダーの感覚を持った福岡さんならそんな表現ではもの足りないのだろう。
でも、ひょっとしてそれほど浸透していないかもしれない言葉をわざわざ使わなくてもいいのではないか、との思いも浮かぶ。
待てよ、ひょっとしてこの言葉を知らないのは、院長だけで、小学校のホームルームでも「ノブレス・オブリージュについて語ろう」なんてやられているのではないか。
いやー参った。

かくして院長の動的閉口は続くのであった。