事情があって週に何度か場所を変えて夜を迎えることになった。その場所は都会にあるマンションの一室でアクセスもよく、小ジャレた雰囲気が漂う部屋なのだが、残念なことに近くに消防署と救急病院があるため夜中でもサイレンがときおり響くことがある。
近隣には戸建ての団地があるのだが、別に「サイレンやめろ対策委員会」からのビラなども目に触れていないところをみると、それほど周囲のひとは気にしていないのかもしれない。でも職業柄か、どうしても脳髄の奥深いところで臨戦態勢の緊張感がちらりとわいてくるのだ。
そこで購入したのが写真の耳栓。
使ってみてまだ数日だが、結構防音効果がある。「サイレンやめろ対策委員会」の初代委員長に名乗りでなくてもよさそうなのだが、でも使い続けてなにか耳に障害が起こらないのだろうか、少し不安が出てきている。というのは、写真にあるようにびよーんと伸ばして耳に入れる代物なのだ。たとえれば粘土を耳の穴に突っ込むようなものだ。
だから耳の穴が広がり過ぎるなことはないのだろうか。
そのうち広がりすぎて「耳の穴、かっぽっじって聞け」などいわれることなどなくなるのはいいことだが、耳に炎症でも起こるのではないか。
いや、炎症は起こるに決まっている。やがてその炎症に伴い耳から汁がじわーっと出てくるのだ。
使ってみてそれほどの違和感はないから、その汁にこのオヤジは気づかないはずだ。でもカミさんと子供らはいずれ、それに気づくだろう。そしてそのとき、こうわめき叫ぶのだ。
「父さん、耳から汁が出ているよ」
オヤジは落ち着いて耳を触ってみる。確かに汁が手につくではないか。かれらと同じように「父さん、耳から汁が出ているよ」とわめきたい。だがオヤジは医者だ。落ち着かねば。
そして大きく息を吸ったあと、彼らにこう諭すのだ。
「大丈夫、これは耳の穴、かっぽ汁だから」
こうした漠然とした不安と不安を打ち消すために増えるビールの量は、あらたな元号の下、あらたな生活へと引き継がれるのであった。