いつもホラしかメモしていないと思っている人も多いだろう。だから今日のメモはますます信じてもらえないかもしれない。だが本当にあったことなのだ。
昨日はほかの病院でヘビィな仕事をした。そのせいか、夜のビールが特別うまかった。ライトな仕事のあとのすこぶるうまいのとほとんど変わらない味だった。だからつい調子に乗って本数を空けてしまった。
それだけなら普段の生活と変わらない。だが昨夜はなんだか気分が乗ってカミさんにこう提案したのだ。
「映画に行こうか」
夜も9時を回った頃だった。
クリニックがある街はとても田舎だ。だがつい最近全国展開の大型ショッピングモールが進出してきていた。そこに映画館も併設されている。田舎の連中はテレビを持ってないとでも思われているのだろう、10近くのシアターがある映画館だ。ネットで調べると9時過ぎに始まる映画がある。TVでもときどき宣伝が流れている恐怖もので、別に関心があったわけではないが、せっかく興が乗ってきたからと二人してタクシーに乗る。
モールまでワンメーターの距離だ。急ぎ映画館に入ると平日の夜にも関わらずそこそこの客がいる。早速チケットを買い求めてお目当てのシアターに向かった。
シアターは客席の両脇にある階段を上がって席につく構造になっている。まだ明かりの灯るシアターに入り席を見上げると一組のカップルが中央あたりに座っているのが見て取れた。普段人を相手にする仕事をしていると即座に人を判断できるようになるものだ。ともに十代の若者のようだ。男の子は破れたジーンズを履いて女の子はうっすらと化粧をしている。女性の隣りには袋が置いてあるからきっとモールで買い物をしたあとのデートコースなのだろう。瞬時にそれだけの情報を手に入れることができるとは、我ながら驚く。とくに彼らが目立ったというのも幸いしたのだろう。というのは、そのシアター内には彼らしかいなかったのだ。
チケットには席が指定してあり、確認するとそのカップルのすぐ後ろになっている。彼らの席を除いて座り放題の状態だったわけだが、指定された席に座った。あとから入ってきた客から席を移動するようにいわれるのも不愉快なものだ。
だが結局あの恐怖の時間まで席に付いたものは彼らとわたしたち以外いなかったことになる。
やがて館内が暗くなり映画はまもなく始まった。題名は伏せておこう。サイレンとにしておきたい。文化というのは人それぞれ受け取り方が違うものだからだ。最初からおどろおどろしい雰囲気を漂わせるシーンが続いたが、わたしにはどうしても安っぽい映像にしか映らなかった。ときどきそれを臭わせる意見をささやきかけると、カミさんも頷いていた。それでも二人とも映像を見続けた。二人ともしばらくは大人が取るべき態度を知っていたというわけだ。
本当の恐怖が始まったのは映画が始まって30分ほど経った頃だった。だがそれは銀幕のなかのことではない。館内の後ろの方、それも隅の暗闇のなかで起こっていた。人が立っているのだ。暗くて年格好は分からないが、じっとこちらを見ている。いやわたし一人だけがそんな人の息づかいを感じていただけかもしれない。実際に振り返り確認したわけでもないし、あるいはお酒の影響もあったかもしれない。カミさんも前のカップルも気づいていないようだった。
だが直感が叫んでいた。「早く出なくてはならない」
すぐさまわたしはカミさんにシアターを出るよう促した。きっと映画に飽きていたのだろう。なんの疑問もなく彼女はすぐに席を立ち、階段を下り始めた。人は思いもよらぬ行動を取るものだ。それまで考えもしなかったことを突発的にしでかすことがある。そのときのわたしがそうだった。
後ろについて階段を下りていたわたしは、カミさんになぜだか「急いで」と声をかけたのだ。それも上映中だというのにカップルにはっきりと聞こえるように。
今にして思えば後ろの影が気になり始めたのはいつだったのかはっきりしない。直感がこの場を去るように叫び始める前だったのか、あるいは階段を下り始めたときだったのか。
ただわたし自身がその存在を確認する瞬間があった。銀幕の薄明かりのなかでカップルがわたしの声に気を取られた姿が浮かぶ。そのカップルに向かってわたしはこう言い放ったのだ。
「後ろの隅に誰かいる」と。
そしてカミさんの背中を押しながらわたしはシアターを後にした。なにかに追われるように映画館をあとにしたのだ。
あのあと二人はどうしたのだろうか。あのまま映画を見続けたのか、それともシアターを出たのか、それとも…。
繰り返すがこれは実話だ。結局館内には4人しかいなかったこと、映画を中座したこと、その際「急いで」とカミさんに声をかけたこと、そして、後ろにだれかいることを指さしながらカップルに教えたこと、これらは昨夜実際に起こったことなのだ。
え、本当に影を見たのかって。それは実際にそう感じたのだから仕方がない。
ホラ映画を見ながらそう感じたのだ。ホラ映画をね。
あ~っ、怖かった。最後までやっと読んだ。
キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
いつもの文体よりも、静寂を感じるのはなぜ?
背筋が、、、、、。
あのカップルがあのあとどうしたのか、本当に知りたいですね。