なにげない日常の始まりのはずだった。
数日前、有料駐車場に一晩クルマを止め、翌朝出そうとしたときのこと。
バーの前にクルマを進め、駐車券を入れて表示された金額をコイン入れの中に入れる。すると「ありがとうございます。領主書の必要な方は領主書ボタンを押してください」とアナウンスが流れ、バーが持ち上がった。ごく通常の光景だ。
そしてクルマの先端をバーの下あたりまで進めたとき、ふと魔が差してしまった。
魔の正体はカミさんの声だ。クルマのなかはオヤジひとりだが、その頭のなかには小悪魔がいてオヤジの行動に目を見張らせている。そしてこうつぶやいたのだ。
「領収書は?」
あ、いけない、とクルマをバックさせ領収書を取ろうとする。が、すでに処理は終了しており操作パネルの点滅はなくなっている。領収書は仕方ないかと、前を向き直したとき驚いてしまった。なんとバーが降りているではないか。
ほんの少しの移動、おそらく50cm程度の移動距離のはずだ。それがこんなことになるなんて。
あわててクルマから降り、試しにバーを手で持ち上げようとしても、あたり前だが、びくともしない。急ぎ操作パネルの横にあった緊急用連絡マイクを使い、管理会社に助けを求めた。
数分後、軽自動車が駐車場前で止まり、そこからガタイのいい警備員が降りてくる。さっそく事情を説明すると、その兄さんはこうのたまったのだ。
「クルマを戻せばバーが降りるのはあたり前でしょ」
とたんにこちらの戦闘モードにスイッチが入る。
「あたり前と思ってないから、こうなったんでしょうが」
反論を待っていたが、お兄さんはそれ以上は語らず、扉を開け機械の内部をいじり始めた。そしてまもなくバーが上がる。
形だけの礼をクルマから告げ無事、クリニックまでたどり着けたのだが、冷静に考えてみると、バーはどういう仕組みで出庫を確認しているのだろう。
ネットで確認したわけではないが、これしかないという結論にいたった。
ますセンサーが使われているのは間違いない。おそらく光センサーで、あたり前だが、そこから出された信号がクルマに当たると料精算モードに入り、料金を入れるとバーが上がり、センサーが切れるとバーが下り精算モードが終了する。
そしてセンサーの位置はバーの近くにあるはずだ。
停車したとき、もしセンサーがクルマ後方に当たる位置にあれば、クルマが移動した際、バーの下をくぐり抜ける前にセンサーが切れてしまい通過したと認識してバーが降りてしまうことになる。
つまりセンサーはクルマの先頭付近を感知する位置にあるに違いない。
つまり当たりは前、ということだ。
ああ、なるほど、それを彼はいいたかったのか、などとはつゆ思うことなく、釈然としない気持ちのままその日は始まったのであった。