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天文学者というのは、院長が妻夫木聡に似ているかどうかは関心がなくても、銀河というのが、どうしてパンケーキのような形をしているのかのには、関心があるらしい。
銀河について少しおさらいしてみよう。星の集団で、大きい銀河はそのなかにたくさんの銀河を入れながら、ゆっくりと動いている。銀河がないと、宇宙というのはとても寂しい空間になる。だからありがたい存在でもある。動くという点では動画と一緒で、ありがたいという点では、謹賀と一緒だ。つまりドウガとキンガの中間に位置するのが、ギンガというわけだ。
オーロラ

幼い頃、いつか実際に見てみたいと思っていたものの一つにオーロラがある。あの神秘的な動きをする光きだ。どんな動きになるか予想できない、天空の輝きだ。自分の人生もあのオーロラのようになるに違いない。どんな風に振る舞うかは分からないが、きっと光り輝くに違いない。
幼い院長は夜空を見上げながら、そうした思いを抱いた。願えば、きっとオーロラは叶えてくれる。
そんな些細な願いも聞き入れてくれなかったオーロラなんぞ、今では見たいとも思わない。そんなオーロラに、またもや裏切られる事態が生じた。
笑い

動物も笑っているという。米国の科学者の研究だ。たとえばチンバンジーが”オウオウ”といったり、ネズミが”チューチュー”と鳴いたりする音のなかに入っているという。
笑いはずっとずっと昔からあったもので、多くの動物のなかに広まっていった。もちろん、人類も言語を獲得する以前から持っていたものと考えられる。
たとえば、若いチンバンジーは、いたずらをしたり、くすぐりあったりしてる最中に笑う。ネズミでは、チョコチョコくすぐると、人間に慣れてくる。このとき人が笑うときに頭の中で出ているドーパミンという物質が、ネズミにも認められるという。
その科学者いわく、「だれもネズミの笑いなんか調査しなかったけど、それは存在するのだ」
ラマヌジャン
20世紀の初頭、ラマヌジャンというインドの数学者がいたのをご存じだろうか。20世紀の初頭に、どんな先祖様がいたかもよく知らないというのに、どういうわけか彼のことは知っている。
とても天才だったというのを、20世紀後期に読んだ本に書いてあったからだ。
数字を見てその関連をパッと思いつくような人だったらしい。今日は、缶ビール2本にしようと、夕方パッと思いつくとこは似てるような気がするけど、たとえば ”|?(n)|≦2p^(11/2). が成りたつ”のを直感するラマヌジャンとは、やはり違うような気もする。もちろん数式はネットからペーストしてきたもので、意味をこのメモに問うのは愚かなことぐらい、いくら直感がない方でもお分かりだろう。
象の学習
常日頃、いろんなものに関心を抱こうと生きてきた。その証拠に、発泡酒だけでなく、ワインや焼酎もたしなんできたし、ある種の画像に至っては、静止画だけでなく動画にも関心を寄せている。
だがそんな生き方がいかに上辺だけのものだったかを、今日思い知らされる記事があった。
走る
たとえば寝たきりのおじいちゃんが走り出したとしたら、人はどう思うだろう。愛し合っていたおばあちゃんだったら、きっと喜ぶに違いない。憎しみあっていたおばあちゃんだったら、走っていくじいさんが戻ってこないことを願うかもしれない。
じゃあ、こうもりが走り出したら、どうだろう。それもただのこうもりじゃない。吸血こうもりだ。
吸血こうもりをご存じない方に簡単に説明しよう。こうもりの仲間で血を吸うのだ。残念ながら自力での解説はここで力つきてしまう。
ということでネタ元の紹介をしてみようかと。
人の目
サルは人の目を盗んでモノを盗る。テレビなどで民家を荒らすサルがキョロキョロしてるのを見れば理解できる。
でもサルは相手の目をどこまで理解してるのかというのが分からないらしい。
というのは、研究者がサルに面と向かって、エサが隠くされている場所を目で合図しても、一向に理解できないのだ。一方、研究者がエサを持っていると、目を気にし出し、ついには目を盗んでエサを取ってしまう。
具体的な話をしよう。サルが人の目をどう判断するのかを調べるために、研究者が足にエサをつけて2通りの仕方でサルに近づた。
一つは前に立つ。もう一つは後ろに立つ。すると多くのサルは、人がサルの後ろに立ったときに、エサを奪ってしまう。
それだけではない。面と向かったときにエサを奪うサルも、人が目を隠すと奪うのが多くなり、口を隠すと奪わなくなったという。
つまり人がエサを持っていれば、人の目を気にしているけど、持ってないと気にならないということが分かった。
口述(ヘビの心臓)
「今日は酔っぱらっていてとてもメモできそうにありません。ヘビの話をメモしようと思っていましたが、こうしてツマに口述してもらっています。」
・・・という事で院長の言った事を書いていましたが、途中で眠ってしまいました。
ヘビの話は又、明日。
院長のヨメでした。
翻訳機
英文の記事を読んでいるときにいつも思うのが、これがトルコ語だったらなぁ、ということだ。そうであれば最初から訳してみようという気など起こらないに決まっている。なまじっか知っている単語が出てくるだけに、なんだか分かるような気がして目を通すのだが、結局よく分からない。
今日だって、コンピュータによるすばらしい翻訳機ができたという記事を目にしたのだが、中身がよく理解できない。
脳のシワ
脳の大きさはヒトの持つ知性とは関係ないという記事があった。
人類は二度、脳が大きくなった期間があるが、そのときは道具を発明するという点ではなんらの進歩を見ていない。
今のヒトと同じような大きさを持ったホモサピエンスがアフリカの大地で歩き初めたのは200万年前。それから150万年過ぎないと、言語や道具、音楽やゲームなどが出てはこなかった。
現在のヒトの脳の大きさは、どちらかというと減少傾向にあり、脳が大きくなる要因は知性以外にあるのかもしれないという。
知性というより、ものを投げたり、ねらった獲物を一番に手に入れために走ったりとかの、いわば生き抜くための肉体的術のために、大脳を大きくさせたのかもしれない、というのが研究者の推論。
