チラシ




 昨日の診療はヒマだった。時間があるなら溜まった古新聞でも処分せよとのカミさんの命が下り重い腰を上げた次第だ。そのとき新聞に混じるたくさんの折り込みチラシを見てふとある考えが頭をよぎったのでメモしたい。


 広告はいつの世も大事な活動だ。日露戦争が「広告の荒廃はこの一戦にあり」とのかけ言で始まったのをみても分かるだろう。
 そして今はネットでだれもが広告を打てる時代になった。そんなときにチラシという広告形態はこれからも残っていくものなのだろうか。
 広告業界の知識なんか全くないものにこのような疑問を持たせたのは、ネタ元の記事にある今後の広告の変化にある。
 コンビを例にとろう。そこはいくつもの製造会社が製品を列べているところだ。だからなんとか注目を浴びようと店内でCM合戦が繰り広げられている。その広告主のひとつを仮にキリンだとしよう。
 ガラス戸の前にエビスにするかサッポロにするか、はたまたキリンにするか迷っているヒマな一日を終えた開業医がいる。そのアホ医者の動きに合わせてガラスにキリンのCMが映ったらどうだろう。
 せっかく一日一本のビールですませようと決めていた開業医の心が揺れ動くのが手に取るように分かるはずだ。
 このCMの原理はこうだ。
 ガラスには液晶画面がそして奥の戸棚には小型の監視カメラが装備されている。購入者が近づくと作動し始め、そして広告主の製品の前に顔がくるとCMが流れる。だが無視されることの多い宣伝の垂れ流しにならないようその人がよそを向くとCMも消えるという代物だ。オーストラリアの研究者が開発したもので実用段階にまで達しているという。
 今後顧客の目の動きを追うことでさらになにを欲しているのかを探るとか、あるいは性別や年齢などを察知できるようなシステムの開発を考えているらしい。
 消費者にとっては求めている品についての多くの情報を得られ、生産者にとってはかなりピンポイントでCMを流すというメリットがあるという点でこのシステムは有益なものかもしれない。だが、密かな危険をはらんでいるのも事実だ。
 ネタ元にも触れてあるのだが空港などで用いられている個人識別システムなど組み合わせれば個人情報が個人の意志とは関係なく収集される事態だって起こりかねないのだ。
 それを考えるとそら恐ろしいことだ。ビデオショップにこんなものが取り付けてあったらと思うと、背筋がぞっとする。一体どこを見ながらお眼鏡にかなったものを探せばいいというのだ。
 例のビデオの陳列棚の前でこちらが視線をはずす。システムもその視線を追い監視を外すだろう。それを察知してこちらはチラっと棚に目をくれる。だがシステムは再びそれを察知してこちらの視線を追うのだ。
 最初はなにを探しているのか、システムには理解できないだろう。だが繰り返しているうちにこちらの行動の意味を理解する。そして近くの液晶画面にこちらが探しているビデオのCMを流し始める。システムに狂いがなければ大概がいかがわしいビデオに違いない。
 「チラ見しているそこの院長さんへ」なんていうテロップが流れればシステムは最良の状態にあるといえるだろう。
 このCMこそ新しいチラseeなのではないか。
 そんな考えをめぐらせながらも手を休めることなく、また、診療中に新聞を束ねる医者は一体世の中に何人ぐらいいるのだろうかと不満を抱きつつも手を休めることなく、古新聞を束ねた日であった。

ネタ元
Adverts that watch you watching them

“チラシ” への2件の返信

  1. 新聞の片付け、お疲れ様ですw
    大丈夫ですよ!
    ア○ルトな動画はネットでダウンロードすれば問題ないです!
    ただ気をつけないといけないのはウィンドウズメディアプレイヤーで見たとき。
    前回再生した動画のタイトルが表示され、奥さんに目撃された僕です^^;

  2. >前回再生した動画のタイトルが表示され、奥さんに目撃された僕です^^;
    そのときはドウガしたの?と開き直ることが肝要です。

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