ライフサイクル



 寄生虫にはライフサイクルがある。朝から夕まで患者に寄生したあとビールを手にするサイクルを繰り返す院長の生活に似てなくはない。だが一つ明確に異なる点がある。
 宿主という、文字通りその体内に寄生する相手が必要なのだ。


 今回、中南米で新しく発見されたミルメコネマ・ネオトロピクムという線虫もライフサイクルをもっている。宿主はアリだ。
 ミルメコネマに寄生されたアリが発見されたとき、研究者たちは新種のアリだと勘違いしたという。それほどアリの外見を変えていたのだ。
 ミルメコネマの卵で満たされたアリの腹部はまるで熟した木の実のように赤く膨れ上がっていた。それだけではない。寄生虫はアリの行動まで変えてしまっていた。
 アリは密林の樹木のてっぺん辺りでそのお腹を突き出しながら移動していたのだ。
 
 木の実好きの鳥にはきっとたまらない光景だろう。さぁ、食べてくれといわんばかりに”木の実”が目の前に出てくるのだ。そのときの喜びは、目の前にビールを出された院長の喜びに勝るとも劣らないだろう。
 だがその喜びは鳥だけのものではない。もし鳥がアリを食べてくれれば、アリのなかにいる寄生虫にとって遠くに広がっていく絶好の機会が生まれる。
 鳥がどこかでフンをすると、それに混じって卵は外界に出てくる。栄養を求めて活動していたその土地のアリはフンを巣へと運ぶはずだ。そして卵が混じったフンをエサとしてアリの幼虫に与える。それはとりもなおさず寄生虫をアリの幼虫に送り込んでいることになるのだ。
 これが研究者たちが描くこの寄生虫のライフサイクルである。
 実は通常アリはとても苦く鳥のエサになることはなく、実際に鳥がアリを食べる場面はまだ確認されていない。だが寄生されたアリのお腹に鳥たちが興味を示すのは事実であり、現時点では鳥に食べられている可能性が高いと研究者らは考えている。
 以上のような記事なのだが、この報告のおもしろい点は寄生虫が宿主の外見や行動を変えるということだけにあるのではない。
 研究者らは中南米に生息する何千ものアリを調べて、約5%にこの寄生虫がいることをつきとめている。まだまだ少ない状態で、この事実を踏まえ記事の最後に研究者はこう語っている。
「これは、宿主-寄生虫間での複雑な相互作用のすごい見本だ。これは共進化を生み出す可能性があり、熱帯生物学における思わぬ成果となるかもしれない」
 この言葉を理解できる範囲でメモすれば、まだミルメコネマのライフサイクルの変化は始まったばかりということだろう。
 今まで鳥に媒介されないライフサイクルをこの寄生虫は持っていたはずだ。だがアリの体型を少し変えることができる寄生虫はより鳥に捕獲されやすく、ひいては子孫を残していく可能性がより大きくなる。その可能性が現実のものとして開始されたばかりということなのだろう。
 さらにはこれから先、このミルメコネマがアリのなかに広がっていくなかで、アリもなんらかの対処ができるように進化していく、それに対してミルメコネマもまた進化していく、その過程がいまから観察できるかもしれないということを研究者はいっているのだと考える。
 だが忘れてはいけない。この寄生虫は鳥がいなくても今までコツコツとアリのなかに忍び込んでは子孫を残してきたのだ。いくらライフサイクルが変化しようとも、現状でいえば鳥のフンとして地面に落とされようとも、そこからがライフサイクルの原点であり、いわばそこがこの寄生虫のふるさなのだ。
 だから、もし鳥のお腹のなかの虫卵がしゃべることができれば、ふるさとに向かう自分たちのことをきっとこう話すことだろう。


ネタ元
Parasite Turns Ants Fruity

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