ディナー

 貧乏をしてると得をすることもある。豊前在住の親しくしてもらっているお医者さんから、あまりの医者らしからぬ生活をみかねてか、ディナー券が送られてきた。見ると、福岡でも高級な部類に属するホテルでの券。
 もちろん事前に電話で連絡があり、手に入れたけど福岡に行く機会があまりないから譲るとのことだったので、へへェーと受話器の前でひれ伏しながら有り難く頂戴したわけでして。
 で、思い出したこと。ン十年前、東京にいた時分、ホテルのてっぺんにあるグルグル回るレストランで、ほかの先生方との会食があったのね。ある会社のお呼ばれでして、個人の財布では全く耐え切れそうにない高級なところ。


 で、少し決めこんだ服装で行き、レストランのドアを開けようとすると、黒服の方が声をかけてくる。
あ、貧乏さん、見つかっちゃった?一瞬そう思ったけど、違う。なんでも、ネクタイを着用して欲しいとのこと。
 なるほど、なるほど、やっぱりお金持ちの食べるトコは違うんだと感心したのはいいけど、こんなとこでいわれてもなぁと困ってた。
でも、ああいうとこって、マナー知らずの輩対策として、ちゃんと貸し出し用のネクタイが用意してあるのね。黒服さん、適当に見つくろったものを差し出してくれ、それを着けていざ席へ。
 メインディッシュは鴨。皿に乗ったステーキとなった鴨肉とともに、番号が記してあるプレートが運ばれてくる。なんでも宮家の御猟場で育った鴨ということで、すべてに番号が振ってあるらしく、その番号は生前付けられていたものという。
 なるほど、なるほど、お金持ちは食べ物に番号を付けるのか。イクラなんか食べるときは、プレートが山のように出てくるのだろうか、などと考えながら、くだんのステーキにナイフを入れた。
 で、一口、口へ。もぐもぐモグモグやって、やがて舌に広がるのは初めての食感。なんというか、なんだか土を食べてるようなカンジで。周りの方はおいしく召し上がっていたんだけど。
 それからというもの、もうナイフとフォークを静かに置いてじっとするしかない。黒服さんが、それに気づいて、代わりのものを持ってこようか、などと小声で心配してくれるけど、シェフに申し訳ないなどと、会ったこともない人への遠慮を披露したりして。
 要するにどうすればいいのか分からず、途方にくれていたわけね。
 今でこそ、はっきり鴨は苦手だと伝えて、他の料理をお願いするか、無理してでも平らげなければいけなかったんだと反省できるけど、なにせ若造の時分のこと。
「ああ、慣れないディナーは、ちょっとキディナー」と心で呟きながら、ただただ時間が過ぎるのを待ったわけで。

 料理が決してまずいということではなく、ボクの口に合わなかったけの話です。
 それと、N先生E子さん、ありがとうございます。あとにも先にもホテルでの豪華ディナーはあのときだけで、今度は大人のディナーを楽しんできます。その様子、また報告しますね。

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