適合対

話を統べることは苦手だが滑ることは得意だ。だから滑るのを覚悟の上で新しい”適合対”なるものを紹介してみたい。

これは小説「バベル」(R・F・クァン)に登場する言葉だ。本を読んでいない人にとっては、はじめから話さないと分からないに違いないが、終わりから話してもうまく統べることができそうもない。とにかくバベルのなかで登場している言葉なのだ。

舞台はアヘン戦争前の英国。オックスフォードで翻訳を学ぶ学生たちが主人公なのだが、特徴的な点が二つある。
ひとつは英国の植民地もしくは支配下にある国から選ばれた学生が主人公だということ。そしてもうひとつは魔法が登場すること。

この魔法は、当時の銀本位制を象徴して、銀に”適合対”という言葉を刻むことによって呪文の効力を得ることができるという。

適合対ははっきりと定義されたものとして表現されていないのだが、異なる国の言葉の語源関連を捉えることだと理解した。それも言葉の持つ深い理解を伴わないと適合はできない。
作者はとてつもなくいろんな言語に精通し、もしくは準備をされていて、そこから派生するいろんな意味を関連付けそれに魔法の意味づけをしている。

たとえば「比較的小型の貨物電車は(中略)、線路に銀の棒がある。trackは引っ張るという意味の中性オランダごのtreckenと関係している。(中略)結果として線路が貨車をまえに引っ張ることになっている」

あるいは英国では「長年、きわめて重たい荷物を運ぶ郵政公社の配達人は、仏英の適合対parecelle-parcelを刻まれた銀の棒を使用していた。(中略)この棒を配達用の馬車に設置すると、小包(パーセル)は実際の重さの三分の一に感じられられるようになる」といった具合だ。

これらは分かりやすい方でじっくり読まないとなかなか理解できない適合対もたくさん出てくるが、いずれにしてもこの適合対によって物語にハリポタのような面白さを醸し出している。さらに大事なことはそうした細工のもとに世の中の矛盾を真摯にとらえようとする世界観が述べられている点だ。

登場人物はそれをいくつも口にしているが、たとえばその言葉のひとつはこうだ。

「翻訳とはまさにそういうことなんだ、と思う。話すと言うことはそういうことなんだ。他人の話に耳を傾け、自分の偏見を超えて、相手が言おうとすることをわかろうとすることだ。自分自身を世界に示し、ほかの誰かが理解してくれることを期待するんだ」

あるいはアヘン戦争を起こそうとしている英国の支配層に対しこんなとらえ方もしている。

「彼ら自身の利益というものは、彼らが唯一耳を貸す論理だ。正義ではない、人間の尊厳ではない、彼らが大切にしていると公言しているリベラルな自由ではない。利益なんだ」

出てくる言語を丁寧に追いかけ時間がかかってしまったが、面白さが欠けることはこれっぽっちもなかった。

ちなみにこんな適合対を考えてみた。

明治時代に日本で、カードゲームをさすようになった言葉がある。フランス語のtriomphe(トリオンフ)からでたことば。もとは勝利、切り札を意味することばで、さらに遡ればラテン語の triumphus(凱旋・勝利) が語源だ。(AIより)

英語ではtrump(切り札)。

もし己の身勝手な欲望の成就を願うときは、この「トランプ」の適合対を切り札として使えばとてつもない力が発揮できるかもしれない。

魔法が効けば、他人の話に耳を傾けず、自分の偏見を維持し、相手が言おうとすることをわかろうとしなくなるだろう。
彼が唯一耳を貸す論理は自身の利益だ。正義ではない、人間の尊厳ではない、リベラルな自由ではなく、利益だ、という深い理解を得ることができるだろう。

もちろん、”札”付きの適合対になることは間違いない。