法王の指輪

ダライラマが何代目か、カリフが何代目か、真言宗座主が何代目か、それらを知らないのと同様、ローマ法王が何代目か、はずかしながら知らない。信者の方には失礼かもしれないが、あまり興味がないのだ。リチャード・ドーキンスのようにまで攻撃的ではないが、仮に秤に乗せられれば彼の方に針は傾く。

でもsnopesサイトのこのビデオは見入りざるをえなかった。信者がローマ法王に謁見しているところなのだが、法王の所作がとても変なのだ。
2019年3月25日にイタリアのロレトを訪問した際に撮影されたものだ。画像は2つあり上のものは下のビデオのハイライト版である。信者が教皇の指輪にキスをしようとしているとき、まるでそのキスを避けるように手を引っ込める姿が映し出されている。失礼な表現になるかもしれないが、まるでコメディを見ているようなのだ。いったいこれはどういう意味なのか。

公式のバチカンのテレビ番組がビデオをみてカウントした数字では、法王は列の前に約13分間立っていて、少なくとも列をなした113人の修道僧、修道女などが謁見している。
挨拶の仕方についてはなにも指示は出されていないようで、最初の10分間に、14人が彼の指輪にキスをするためにお辞儀をしているのだが、結局ここでは、41人がフランシスコの手に向かって頭を下げ、彼の指輪にキスをする仕草をするか、実際に指輪自体にキスをしているという。

この法王の所作は宗教学者のあいだでいろいろ議論を巻き起こしているようだ。やれ古代エジプトでは王に謁見するときは跪き自分の指輪にキスをするのが通常だったとか、第二バチカン公会議の前は、大部分の国で聖職者と平信徒が敬意と従順のしるしとしてビショップの指輪にキスをするのが通例だったなどの議論が述べられている。

結局、法王の広報は、衛生上の問題であり、キスすることによる感染の危険をさけるための行為だと説明しているようだ。

広報の真偽のほどはどうであれ、この見解には大賛成だ。うちの子供らが通っていた小学校では毎朝、挨拶運動と称して校門前に立つ地区の老人会の方や先生と握手をしなくてはいけなかった。
インフルエンザが流行ろうが、嘔吐下痢症が広がりを見せようが、ずっと毎朝行われていたのだ。
子供らには登校時、消毒用のウェットティッシュを持たせていたものの、医者としてやりきれない思いがあった。

ぜひ、今後、学校の先生方に神のお告げがあらんことを切に望むのだが。

で、たとえそうであっても、やはりその所作は変だという印象が拭えない。釈然としないままもうひとつの長めの映像をだらだらと見ていた。そして途中からハイライト部の映像に移ったところで、確信した。

やっぱり「あ、変」

(宗教はアヘンであると看破したのはマルクスではなく、ハイネであると理解している)
Did Pope Francis Prevent People from Kissing His Ring?