寡占化

 暴力団員数8万5千人のうち、3団体で7割を占める事態になっているという。いわゆる寡占化(かせんか)が進んでいるよう。
 で、この”寡占化”で思い出したこと。昨年、四国のある地方都市に行ったときのこと。大きな港のある街で、アーケード付きの長い商店街があった。フェリーの出航まで数時間あったので、時間潰しに散策としゃれ込んでみた。


 でこにでもあるような商店街だけど、昨今の不況のせいもあってか人通りもまばら。きっと郊外の大型ショッピングセンターにでも客をとられたのだろう、何軒かに一軒は廃業しているようで、シャッターが降りたまま。歯が抜け落ちたようになっていた。
 でも知らない街を見て歩くのは好きで、ぶらぶらと端から端まで足を運んでみたのね。すると不思議なことに気づいた。
クリーニング店のなかでソフトクリームが売られていたり、陶磁器屋さんの店先に、金属製の大きな洋服掛けが置いてあり、それに何着も服が商品として掛けられている。逆に洋服屋さんの前で、湯飲み茶碗がいくつも売られていたり、とかね。
 ね、不思議でしょ。
 で、なぜだろうと考えた挙げ句、ある仮説に思い至った。これってお店を辞めたとき、周りの商店の方が在庫処分に協力されたんじゃないのかと。日常生活に使うもの以上に買い上げて、仕方なくそれを自分のお店で売られているのではないかと。
 だとすると、商店街の人には気の毒だけど、このままの景気が続くと、どんどん店が閉り、その商店街の商品がだんだんいくつかの店に集まっていくってなことが起こってくるのかしら。商品の寡占化というわけね。
 で、さらに寡占化が進むと、ある一つの店がデパートみたいに、なんでも売っているようになるとか。
でも客の姿はほとんどなし…。
 なんて、これじゃ、ブラックユーモアだね。
 ともあれ寡占化というよりも、小泉さん、どうにカセンカっていうべきだろうね、この場合。

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