嫌なこと

 嫌なことを忘れるにはどうすればいいのだろう。ビールを飲むのもいいかもしれない。淡麗生を口にするのも一案だ。あるいはより嫌なカミさんの顔を見て、ほかのよりましな嫌なことの記憶を押さえつけることも有効な手段だろう。
 だがこんな方法もあるようだ。すなわち意識して忘れるようにするのだ。人にはそれができるという。


 コロラド大学の研究者が明らかにしたものだ。18名の被験者に40組の写真を見せる。それぞれの組は普通の顔と嫌な写真の二つで構成されている。嫌な写真とは、たとえば交通事故、傷ついた兵士、暴力犯罪現場、あるいは電気イスのような類だ。それらの組をしばらく見せて覚えてもらう。
 そしてMRIで脳の活動を記録しながら、顔の写真を見せる。被験者はその写真を見ながら、それに対応する嫌な写真を思い出すか、もしくは考えないようにするよう指示される。
 すると考えないようにしていたとき、視覚や記憶や情動の出入りに関係する脳の部分が活動していたという。
 記憶を消すことができるかどうかということは心理学者のあいだで100年近くも論議されているらしく、この研究が決定打になるというわけではないが、消すことができている可能性があるというらしい。
 ここまでの論議に口をはさむ能力はない。どちらにしろ、研究者たちにただただエールを送るだけだ。
 ただ記事を読んで気になることがある。今回の研究を発表した研究者がなぜ人は記憶を消すことができるようになったかを、推論だと断りつつ述べている箇所がある。進化論的に意義があるというのだ。石器時代の狩人がシカを追っている最中、ライオンから襲われ、かろうじて逃げ延びたようなケースを例にあげてこう語っている。
「もし狩りをやめなくてはいけないような事態の記憶にさいなまれるようになると、狩りに行くことができなくなり飢え死にしてしまう」
 最初、なんとなくこじつけのような見解にも思えた。どうしてライオンやシカが唐突に登場するのか。石器時代のオヤジが女性を追っている最中、カミさんから襲われたという設定でもいいではないか。
 そんな疑問を感じていたのだが、よく考えてみると説得力のある意見に思えてきた。
 ライオンをトラ、シカをウマに変えて見たら研究者の真意がどこにあるのか見えてきたのだ。
 嫌なことはやはりトラウマなのだろう。

ネタ元
Emotional Memories Can Be Suppressed With Practice, Study Says

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