ローバー




  院長が人生を下っても誰も気にしないだろう。だが火星のロボットが坂を下ると事態は違ってくる。探索機ローバー、オポチュニティのことだ。2003年に火星の地に着陸して以来、もう一つの兄弟機、スピリットとともに幾多の情報を地球に送ってきた。


 そもそもオポチュニティたちの寿命は最初数ヶ月だといわれていた。それにも関わらず年という年月を懸命に長らえいろんな調査をしてきたのだ。まるで開院当初、閉院も近いかといわれながらも、なんとか続いているクリニックそのものだ。
 実はオポチュニティもスピリットも6個ある車輪のうちすでに一個は壊れてしまっている。スピリットには走行に制限が生じている事態にまでなっているのだ。オポチュニティはなんとか問題なく進んでいるものの、満身創痍のその姿は、まるで腰をやられても日々の診療に臨む院長の姿そのものではないか。
 それだけでもオポチュニティがそばにいれば抱きしめたい気持ちになるのだが、そうした院長の感情を知ってか知らずか、オポチュニティは今から果敢にも火星のクレーターのなかへ下っていこうとしている。そのオポチュニティを世界が注目しているわけはこうだ。
 オポチュニティとスピリットはかつての火星には水があったかもしれないいくつか証拠を地球に送ってきた。だがそれは火星の地表の情報だ。クレーターは何百万年も前に小惑星が衝突してできたもので、底にある物質はより詳しく昔の火星の環境についての情報を与えてくれるという。
 その底を目指してオポチュニティは写真にあるような軌跡をたどり数ヶ月をかけてクレーターの周りを探索してきた。そしてどこが一番降りやすい場所かを決定したのだ。いよいよそのルートを使ってクレーターの底へ下る計画が開始されようとしている。
 
 選ばれた進入路の傾斜角は15から20度で岩盤も安定している。だが、もし車輪に問題が生じると再び上に上ってこれるかどうか分からないという、いわば一方通行になるかもしれない旅路なのだ。
 というわけで、クレーターの底の調査結果もそうだが、このオポチュニティの行く末にも世界が目を見張っているというわけだ。
 おお、オポチュニティ君(以下オポ君)、がんばっているんだね。落ちていくだけの院長のようになりたくないからがんばっているだね。
 せっかく知り合えたんだ。君と最後になるかもしれない会話をやってみたいものだよ。
院長 「ということで、がんばってね」
オポ君「わたしのことよりクリニックは大丈夫なのですか」
院長 「おお、自分の危険を差し置いてまで気遣ってもらうなんて」
オポ君「ローバー心です」

ネタ元
NASA Mars Rover Ready For Descent Into Crater

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