仮死状態

 現代版、「ロミオとジュリエット」のニュースがあった。
 イタリアの70歳の男性の妻が心臓発作で昏睡に陥った。その男性、妻のベットの横で4ヶ月待ったけど改善の見込みがない。絶望してしまったのだろう。男は家のガレージでガス自殺をしてしまった。
 しかし、それから一日も経たないうちに、妻は病院で意識を取り戻したのだ。そして目覚めた後、彼女はすぐに「彼はどこ?」と尋ねたという。
 彼らの街は、「ロミオとジュリエット」の舞台となった街から40マイル先にある。
 以上がその記事の内容。


 この奥さん、植物状態にあったことは容易に推測できる。この植物状態というのは、意識がなくても脳の一部が活動しているもの。脳死とは違って、快復の可能性は少ないながらもある。
 長い間昏睡にあった患者の指が、あるときピクリと動き始め、目が開き、やがて患者は口を利き始めた、などといった話を聞いた方も多いことだろう。
 でも、「ロミオとジュリエット」の場合はどうなんだろう。
 ジュリエットはある薬を飲む。やがて死んだようになった彼女を見て、ロミオが命を絶つ。その後、ジュリエットが目覚め、ホントに死んでしまったロミオを見て後追い自殺するというお話は、あまりに有名だけど、原作では、ジュリエットが死んだような状態になっているのを、英語でなんと表現してあるのか、知らない人は多いだろう。
 院長も知らない。
 ただ容易に想像がつく。すなわち”仮死状態”という表現じゃないか、と。ネット本で500円払って英語版をダウンロードして確かめてみようかとも思ったけど、迷っているうちに500円がビール代に変わってしまった。仕方なくほかのネットで調べると、やはりそうみたいで、しかもジュリエットの場合、42時間の仮死状態ということだった。
 でも、仮死状態とはいったいどういう状態なんだろう。これもネットで引くと、どうもはっきりした定義はなく、「死んだように見える状態」ということらしい。
 これで、”院長の生活状態”と”仮死状態”とは同義語だとは理解できた。だが500円分のビールが浸り始めた頭のなかでは、疑問はつきない。
 一体これは医学用語なんだろうか。いままでカルテに「仮死状態」と記載したことは一度もない。心臓が止まっているとか、呼吸が停止しているとか、どう「死んだように見える」かは書いてきたけど。
 ということで、これってかなりあいまいな表現じゃないかと思うのね。そもそも「死んだように見える」薬なんか聞いたことないから、シェイクスピアさんもあいまいな表現で切り抜けたんじゃないかと。
 と、まぁ、なんともまとまりのないメモになってしまった。こんな結論になるのは目に見えていたので、500円をダウンロードに投資しなかった己の先見性に心から敬服する。
 で、最初の記事に戻ろう。
 ご夫婦はお気の毒きわまりない。もし自分の身に置き換えたらと考えると、居ても立ってもいられない。
 ベッドに横たわる妻に詫びを入れ続ける自分の姿が見える。
 すまなかった。毎日三本のビールの約束を、こっそり隠しビールで4本にしていたことを。
 妻は動くこともなく、静かに聞いているだけだ。私は続けるしかない。
 あの日助手席に君を乗せた車の急ブレーキをかけたのは、猫が飛び出してきたからじゃない。風景に見とれて油断した君のスキを狙ったことを、今告白しなければならない。
 ああ、ホントにすまなかった。なにを作っているのかと聞かれ、ガスコンロ用小型爆弾だと正直に答えられなかったことに涙しなければならない。
 きっと、もっともっとたくさんの告白をしなければならないだろう。本当に人生でたくさんの借りを作ってしまった。
 このイタリアの男性のように、いつか私は自分の命を絶つことがあるかもしれない。そしてそのあとに、妻が目覚めることがあるだろう。でも私の行為は妻の失われた未来に対する絶望の果てではない。
 夫にたくさんの「貸し」状態の妻の手が、ピクリと動くのを見つけたとき、きっと自分の未来に絶望するからなのだ。目覚めたあと、妻がすぐに「彼はどこ?」と尋ねるのが怖いからだ。 

産科などで使われる”仮死”は、”窒息”というような意味の英語になるようです。

ということで、どうでしょ?

“仮死状態” への1件の返信

  1. 構成力   100点
    内容    100点
    ユーモア  100点

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