男の箸

 ある男性から郵便物が届いた。封を切ると小さな箱が出てきた。なかには一膳の箸と一人用の麻のテーブルマットが入っている。その箸を結んだ和紙には、「男の箸」と小さく印刷してあった。
 黒の漆の箸、藍色に白く曲線が走る麻、それに小洒落た印刷の文字。漆喰の壁に囲まれた店の軒先にでも並んでいたのだろうか。そんな想像がかき立てられたかと思うと、ほんとうに男性が社内旅行にでも行ったときのお土産のように思えてきた。


 もちろんその旨を伝える案内でもあるんだろうと、封筒のなかを覗いたが、なにもない。箱のなかを見直しても、なにもない。送られてきたのはただ一膳の箸とマットだけだった。
 「男の箸」とはどういうことなんだろう。
 荒々しく箸を口に運び、がつがつと箸の先のものを食らう。考えていると、ふとそうした情景が浮かんできた。
 無心に脇目も振らず、最後まで食べ尽くすための箸。まさか、そういう食べる様を望んでいるわけでもないだろう。
 きっと思いつきで選んだ品以上のものではないのだ。
 ただその箸は、ある「男の箸」を思い出させた。同じ卓で何千回と並べられた、男の箸。そして、今から先、いつ共に並ぶともしれない、男と男の箸。
 今春、社会人となった男性の胸にはなにが去来していたのだろう。がつがつと、がつがつと、脇目も振らず箸を進めることができなかった男への非難だろうか。それとも、男の箸を使うような男になれというエールなんだろうか。
 ただ間違いないのは、届いたのは、父の日の翌日だということ。 だから、素直に大切に受け取ろうと思う。

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