洗濯機と賢者の意志

 ちょっとした不注意が大きな時間のロスを生み出す。毎日時間を無駄に過ごしているものでも、昨日はそう感じざるを得ない日だった。
 クッションを洗濯機で洗ったのだ。顔を埋めるとそのまま形が残ってしまうような柔らかいハート型のクッションだ。汚れていたわけではないが、我が家に来て数ヶ月、そろそろきれいにしてあげようと親心を抱いたのがいけなかった。


 ちゃんとネットでくるみ、全自動洗濯機のなかに放り込んだ。お決まりのコースを進み作業を終えるの待つ。そして腰に優しい斜めハッチを開けてみた。すると、なんとクッションが破れなかの細かな粒が槽のなかでびっしりと飛散していたのだ。
 もちろんハートブレイクしたのはクッションだけではない。主の心も千々に乱れる。
 夜は8時を回っている。明日業者に連絡し清掃を依頼するのも手だ。一日ぐらいなら増殖するパンツのシミにも耐えられるだろう。だが双子の子供たちはどうだ。きっと毎日きれいな下着を着たいに決まっている。
 父親というのは往々にして賢者だ。双子の父親もそのときそうだった。
 正しい結論に達すると彼は早速清掃に取りかかった。まず掃除機を取り出しざっと粒を吸い取る。洗濯槽の穴に残っている粒も全部拭いさる。
 当然それで終わるわけではない。洗濯槽の裏にも入っているようで、水を少し貯め槽を2,3回転させては止めて、水に浮かんでくる粒を小さなバケツで救い出す作業を始めた。
 賢者とは真実を知っている者だ。この作業は今は終わりが見えないが、必ず終わりが来るのだ。
 それは間違いなのだが、夜の11時を過ぎても終わりが見えない。少ない粒の数だがどうしても浮いてくる。でも必ず終わりが来る。そう信じて彼は作業を続けた。だが時計の針は12時を過ぎ、やがて夜中の1時を回ってしまった。
 賢者であることに自信をなくしかけていた彼は、ふたたび賢者であることを自ずと示し始めた。こうなれば大人の服で洗濯をしてみよう。それで粒がどうなるか実験してみるしかない。
 己の発想のすばらしさに驚きながら、賢者は服を洗濯機に入れ水洗いで洗浄してみた。
 するとどうだ。初めに見たときの倍以上の粒が槽に出ているではないか。
 どうすればいいか。夜も2時近くになっている。
 賢者の目には、選択気をなくし呆然とするただのアホの姿が映っていた。

“洗濯機と賢者の意志” への4件の返信

  1. だはは・・泥沼ですね。
    泥沼の場合オチがなくても面白いのですが、
    ちゃんとオチまでついてるところはさすがです。

  2. 泥沼って言葉、ぴったしです。
    洗濯機で泥沼…ホントばかみたいでした。

  3. クッション・・・というか、洗濯機はその後どうなりましたか?
    実は主人が、うちにある同じようなクッションを、
    これまた同じように洗濯しようとしてたんですが、ちょうどこの記事読んだ後だったので、
    「うわっ!ちょっと待って!!大変なことになるらしいから!!!」と、阻止して難を逃れました(^^;
    お陰様で今も、命拾いしたディズニーのマリーちゃん型クッションは、
    ソファーの上で気持ち良さそうにお昼寝しています(笑)ちょっと汚れてるけど(- -;

  4. 本日水曜、代替洗濯機を持ってきた業者さんが持ち去りました。
    分解掃除に1週間から10日掛かるそうです。
    大人のものは代替洗濯機で洗っても平気ですが、子供のはどうも嫌ですね。
    ということでこの間のように、子供のものはカミさんにお願いして手洗いしてもらってます。

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