客室乗務員

 昨日の講演会からの帰路の話。
 遠いところだったので、飛行機を使っての移動だ。旅に必要なものは、捨ててくる恥とアルコールだと心得ている。
 ということでビールの臭いをたんまりをさせながら、飛行機に乗り込んだ。


 で、着席して静かに手にした缶ビールを味わっていると、一人の客室乗務員が近づいてくる。もちろん女性だ。座席の上にある荷物入れの戸棚がきっちりしまっているかどうかを調べている。
 ほとんどの客は乗り込んでいてたのだが、彼女の前で客が立ちながら自分の荷物を整理していた。だから彼女の進行が妨げられた。
 それがいけなかったのだろう。あるいは、彼女とさほど離れていなかったおやじのビールの臭いが、彼女の神経を逆なでした可能性もある。
 いずれにしてもそのときだ。彼女の目が一瞬斜め下を向き、唇の一方の角が少し上に上がった。テレビや映画でしか見たことのないような表情だ。
 俗にいう、いやな顔。それもとても気にくわないときにする、あの顔だ。間違いなく心では舌打ちしていたに違いない。
 聞くところでは、彼女たちは微笑み方の訓練さえしているというではないか。それでも、ああした顔をするときがあるのかと、正直驚いた。
 もっとも、気づいたのは、酔いどれおやじだけかもしれない。松浦アヤヤが年齢詐称していると勘違いしていたぐらいだ。見間違いの可能性もある。
 ただ日常の診療で、こちらの自信のなさを読みとられてないか、患者の顔を窺う術は人並み以上だという自負もある。
 スチュワーデスさんたちは、”接客のプロ”というイメージがあったけど、よく考えるとやはり人間なのだ。きっと、いろんな確執があるに違いない。
 いや、どんなときでも微笑みを絶やさないよう訓練されているからこそ、なおさらそうかもしれないじゃないか。
 まぁなにはともあれ、「客室乗務員に連絡。ドアの確認を」云々のアナウンスのあと、なにごともなく飛行機は無事飛び立った。
 でも、こんなカンジのアナウンスもあってもいいかと。
「心のドアを確認。確執乗務員へ連絡」

実は、今日のメモは次の書き出しで始まる予定だった。
「さすがに昨日は講演をまじめに聴いていた周囲の人の目を気遣ったので、どうしても最後のツメが甘くなった。
学生のころ早弁したことのある人なら分かるはずだ。最後の一粒まで丁寧に追うことができないのだ。
でもよく考えると、最初のツメも甘いので、ちょうどバランスが取れているような気もする。
ということで、今日足を延ばした、講演会の会場からほど近い街についてメモしてみようかと。
街の名前は、”お台場”。東京湾の新名所だ。街の名前は、江戸時代に諸外国の圧力をはね除けるために大砲が設置してあったことに由来する。つまり大砲”台”があったので、それに日本人特有の敬称がつけられたものだ。
今そこは埋め立てられ広大な土地になっている。この広さだったら、何万もの大砲が置けるだろう。かくして首都圏の万全の防衛に安心したたものの、気になることがあった。それは、”地方と都市”の格差だ」
ここまで空港の待合いロビーでビールを飲みながらメモしていた。
「お台場」という仮題のこのメモで、”年と痴呆”についての累々とした思索を空の上で展開するつもりだったが、突如現れたこのスッチーにその段取りを乱されてしまった。
おかげで、とても早くメモを上げることができ、飛行機のなかで販売されるビールにも手を出すことができている。だけどこのまま酔い続けると、彼女からするどい視線を向けられそうで、早弁を隠す生徒のように、密かにビールに口をつけている次第だ。

“客室乗務員” への2件の返信

  1. この名前は根付かないな。確執乗務員のほうがおもしろいかも。

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