営業センス

m3という医者を対象にしたサイトがある。なかなか公にできないような医者の愚痴をこぼすフリーメイソンのような医者苦組合的な要素があるかと思えば、診療に役立つ医療情報が転がっていたりと内容は豊富で面白く目を通さない日はない。

そのm3から先日メールが届いたのに気づいたのは朝、診察室に入り机のパソコンを起動させたときだった。
「医療の2025年問題の対策はお済みですか?」と題した4分あまりの動画の紹介だった。

院長のクリニックにはほかにない特徴がある。
朝、クリニックを開けても患者がいないことがままあるのだ。だから「やってますか」と受付で尋ねながら待合に入ってくる患者もいる。
診察室でそんな声を聞くと、普通なら心が折れそうになるのだろうが、もう折れる箇所がない心は静かなものだ。

その日も心静かに、それと同じぐらい静かな待合の気配を感じながら、動画を再生させた。

医療DX化の波がぐいぐいせまっているなか、電子カルテやスマホでのWEB問診、決済業務のキャッシュレス化あるいはWEB予約システムについての提案というものだった。

見終わったころ、ようやく待合に人の気配がしたので、心静かな気配から陽気なウェルカムに心を切り替え、最初の患者の診療を終えた。

そのとき受付スタッフから「電話です」と声がかかる。クリニックに当のm3から電話がかかってきたというのだ。

受話器を取ると、もちろん口調は丁寧なものだが、「たった今、動画を見ただろ、だったらシステム導入に向けての相談時間を取ってくれよ」的な内容だった。

だが以下にメモする内容で丁重にお断りした。

1.朝の初っ端から動画を観るような診療所の患者は少ないに違いない。
2.そんな診療所にキャッシュレス化あるいはWEB予約システムなど必要であるはずがない。
3.誰彼と電話するのではなく、きちんと相手先の状況を確認してコンタクトを取った方が効率がいい

電話口の女性も院長のこの営業センスに納得したようで、それではまたの機会に、と尻尾を巻いて通話は終了した。

ああ、これほど営業センスはいいのに、次の患者はまだ来ない。