親の期待と子の才能がうまく噛み合うと、タイガーウッズやイチローのような人材が出来るのだろう。
もし少年院長がピアノを習わされていたら、克服できないバイエルを前に、サッカー選手を目指せなかったことに不満をもらしていただろうし、サッカーを教育されていたら、失敗ばかりのリフティングに涙しながら、バイオリニストへの夢がこうして断たれたのだと文句を口にしていたに違いない。
その意味では、親の無期待と子の無才能がうまく噛み合った人材が出来上がっているといえるのかもしれない。
前置きが長くなったので、後ろ置きを短くしよう。
ただし、今日のメモはヨチヨチ歩きのお子さんをお持ちの方で、かつその子を野球選手に育てようと考えている方にだけ、関心があることだ。
もちろん、オヤジはその子にプラスチックのバットを買い与えているはず。無邪気にバットを振り回す子供を見て、思わず笑みがこぼれる。
バットは振り回すだけじゃダメだぞ、オヤジは坊主の頭をなでながら、ポケットから買ってきたゴムボールを取り出す。
こっちだぞ、と坊主の気を引きながら、オヤジはゆっくりボールを放る。坊主はそれをめがけてバットを振る。
さすがに当てることはできない。でもやはりわが息子だ。いつも野球を一緒に見せているからだろう。なにもいわなくても、ボールは打つものと分かってるのだ。
感激しながらオヤジは何度もボールを放る。「ソーレ」。
でも坊主のバットはかすりもしない。坊主の才能にかすかな疑問が湧いてくるものの、賢明にバットを振り続けるけなげな坊主を見て、また気合いを入れ直す。
今度はもう少し、ゆっくり投げてみよう。そろそろボールを放る腕も疲れてきたが、坊主のためなら、そんなことは苦労のうちに入らない。
「ソーレ」
でもバットはむなしく空を切るばかりだ。
だけど、本当にそのやり方でいいのか。
というのは、ゆっくりボールを放ると子供の目にはボールが止まっているように見えるのだ。だから、タイミングが取れず打ちにくい。
カナダの大学の研究者が、その年代の子供の脳というのは、スローな動きをとらえることが難しいことを明らかにした。逆に少し速めボールを放った方がより的確にスピードを認識できるのだ。
だからオヤジは考えを改めなければならない。
じゃないと、子供にかけたスローも水の泡になる。
ネタ元
Young children confused by slow pitch
親は大リーグボール2号を投げるしかない。
♪重い~コンダーラ♪