昨夜地上波で「カメラを止めるな」が放映された。きっとネットでは多くのにわか映画評論家が登場していることだろう。
その一人としてメモしておきたい。
まずドキュメンタリーではない映画には大きく分けて2種類あるのをご存じだろうか。
ひつとは自分の思いを大いにぶつけるような手法で作られたもの。よくあるのが、撮影者が語りながら映像を撮り続けるもので、この「カメラを止めるな」も撮影者の声こそ入ってはいないがこの手法で作られたものに分類される。
一方で、監督の思いをなるべく抑え、淡々と事実をつらねていく手法で語られていくもの。歴史的に見れば「戦艦ポチョムキン」がその手法で世に出た有名な映画だろう。
ほとんどの映画は両方の要素を加味しながら制作されるわけで、ストーリーとともにうまくブレンドされればそうした映画は、永久に人の口に伝えられていくこととなる。
まとめてみると、映画は、恣意的に作られたもの、微意的に作られたものに分けられ、その結果、永久に人の心に残る映画に分類される。また、それぞれを、C級映画、B級映画、A級映画と称されることも知っておいて損はない。
つまり「カメラをとめるな」は恣意的映画、つまりC級映画に相当するものといえるだろう。
なおなぜ興行収入が跳ね上がったのか、さらには”微意的”という表現があるのかどうかは来週の日曜洋画劇場で語りたい。
では、「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」(って知らないか。ついでに映画のカメラワークは長く伝えられるのかも)
(参考)
デジタル大辞泉より
– 微意の用語解説 – ささやかな志。寸志。自分の意志・気持ちを謙遜( けんそん)していう語。「微意を表す」
自分の思うままに振る舞う心。気ままな考え。「選択は恣意に任せる」
– 恣意的の用語解説 – [形動]気ままで自分勝手なさま。論理的な必然性がなく、思うままにふるまうさま。「恣意的な判断」「規則を恣意的に運用する」