絶対音感


 一昨夜ふとテレビをつけると小田和正のライブが流れていた。多感な青春時代に耳や口にした曲ばかりで、なつかしくせつなく、番組は深夜まで及んだが、最後まで見入ってしまった。そこでのアンコールでの話。小田さんが最初アカペラで歌い出す曲で、歌い始めると同時に、すぐに止めてしまった。音程に自信がなかったようで、手にしたギターで歌い出しのコード音を確認したあと、また歌い始めた。で、ふと思ったこと。あれって絶対音感と関係あるのかなぁ。


 ゆうまでもなく絶対音感とは、音の周波数をきちんと認識できる力だけど、この呼び方、なんか不思議。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、それと触ったとか熱いとかの皮膚覚のいわゆる5感うち、”絶対”がつくのは聴覚のなかの音感だけだよね。色彩とか利き酒の、あるいは香りをかぎ分ける職業があるらしいけど、絶対味覚とか絶対視覚とかいわないし。
 で、なんで絶対かというと、やはり音と音の間を比率に分けて決める調律の仕方や周波数が数字で表現されるからじゃないかと思う。たしかに絶対音階をもつ人のなかには440ヘルツと441ヘルツの違いが分かる人もいるらしいが、ネットで調べると、440ヘルツと441ヘルツの区別はできないが、同時にランダムな6つの鍵盤を叩いて、全部を言い当てたりはできる人、そんなのどちらもできないが、オーケストラの音合わせに使う“ラ”だけは判るという人などなど、絶対音感の人といってもいろいろあるみたい。そもそも440ヘルツと440.5ヘルツを区別できる人なんていないんじゃないのだろうか。
 だからけっこう”絶対”じゃないんだね。逆になんとなく440ヘルツかなと思う人もけっこういるのじゃないか。
 人は”絶対”という言葉にはなにか妙に力強いものを感じているだと思う。絶対音階をつけさせる幼児教育というのが一時流行ったみたいだけど、これってこの”絶対”というニュアンスに惹かれた面も大きいような気がするし。
世の中、なにもかも相対的で真理なんてないんだなんていう相対主義なんて、絶対にいうつもりはないけど、ずっと絶対なものってそうないんだよなぁ。ないからあこがれるんだろうな。
 で、小田さんが絶対音感もっているかどうかなんて、どうでもよくなりました。
 でね、そのテレビが終わった後、ずっと頭のなかで流れてたのがこれ。
さよなら さよなら さよなら
もうすぐ 外はしろい冬
愛したのはたしかに君だけ そのままの君だけ
 絶対音階を持ち合わせていないのでどの音階か分からないけど、思い出とともにはっきりと音楽が奏でられていたのでありました。

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