無知の科学


数ヶ月前から「知識の整理」っぽいみたいな作業を、時間があれば続けていて、そのおかげで起床後の行動に変化が生じている。
医学、プログラミング、英語などなど、整理中の案件をネットを通じて、朝のルーチンとして少しづつ復習することをやっているのだ。
具体的な内容はさておき、なぜそんなことをやり始めたのかメモっておきたい。


あたり前のことだが人の行動とはいろんな要因が重なっての結果だ。餃子のCMを見た後、そういえばしばらく餃子を食べていないな、ついでに昨日からビールを飲んでいないな、とか、人が運動する姿を見て、そういえばテレビで運動の必要性をいっていたな、でもそのあとのビールを効用をいってなかったから知りたいな、などなどそのつどいろんな要因が人の考えに影響を与える。
今回の行動もいつくかの要因が重なっているのだが、そのうちの大きなものは「知ってるつもり―無知の科学」という本にある。
最初、院長の日常診療に対する告発書なのかと、ドキドキしながら眼を通したが、そうではなかった。
で、結局、「知っている」とはどういうことか、の定義はさておき-たとえば水洗トイレの仕組みをきちんと説明できるかどうかという問いが本にあるのだが、どこまで説明できれば知っていると”認められる”のかはなんとなくあいまいな気がする-この本で知識とは、自分のなかで再度確認できる情報だという気にさせられたのは間違いない。
ほかにも最近、ネットと向き合う時間が増えたなどの生活環境の変化などいくつかの要因も確実にあるのだが、とりあえずこの本は今回の件については横綱級の重みがある。
それでやり始めたのが、今までの知識の源流-それは多くは書物であるし、また書物から派生したいろんなメモ-を整理するという行為だった。
どこまできるかはさて置き、今までに触れた知識をなんらかの形でもう一度人に説明できる程度までにブラッシュアップできる体勢を作ろうという目論見なのだ。
Kindleみたいな-といっても使ってないのでイメージでしかできないが-ネットでパッと見ることができるようなものがいいな、と思い、画像をフォルダに入れると本の形式でhtmlが吐き出されるコードを書いてみた。
で、それが結構いい具合ではまってしまった。つまり結局最初のくだりにいたったというわけである。
詳細は次回のメモへ。