イレッサ


 昼に友人の夫妻と話しする機会があり、最近ある健康食品を使用してるんだけど、どうなんだろうと聞かれた。詳しく内容を聞いて、まぁうさんくさそうだねとお答えした。その方たちも頭から信じていたわけではなさそうで、やっぱりといった感じ。
 健康の二文字が冠に付けば、なんでも商売になるのは、ひとつはやっぱり医療知識が普及していないのが原因だと思う。もちろん悪徳業者が悪いにきまってはいるのだけど。
 で、どこまでの似非医療が世の中通用するのだろうかというのが、今日のメモ。


 なくなった人を生き返らせようとするのは、もう明らかに医療じゃないということで除外するとしても、これを飲めば末期癌が治るというのはどうなんだろう。
 先日副作用が問題になった「イレッサ」なんてのはますますこの話をややこしくする。だってあの薬、末期の肺ガンを治しちゃったんでしょ。ボクらだって、エーって感じだから、医療と関係ない人なんかは、一般論として、すごく進んだ癌でも治ると理解した人もあるんじゃなかろうか。きっとそんな人には、ボクらから見ればちょっと待ってよというような”癌を治す薬”と「イレッサ」とは全く一緒に映るんだと思う。
 もちろん「イレッサ」にはいろいろな治療のデータがあるんだけど、そんなことなんかは関係ないんだろうな。だって「イレッサ」のデータなんてそう知られてないもんな。
 そういう意味じゃ、その手の薬の販売者には有利な状況かもしれないね。「イレッサ」に次ぐ癌を治す薬なんてうたい文句にできるからね。
 でもね、そもそも薬を手にする人にとって、下心ある人たちとボクらは同類に映るから、それぞれが差し出す薬を信頼して受け取るなり、購入するなりしているだよなぁ。
 もちろんそういった人たちの人のよさはあるんだろうけど、それだけのせいにしていいのかなぁって思うのも事実。
 どこが一緒なのか、違うのはどこなのかを考えなくちゃいけなのかもしんない。
 そんなこと考えなくてもいいれっさ、というのはやっぱりダメだと思うわけで。

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