格子柄

子供らが夏休みにほぼ突入したため、親も気分は夏休みモード。五十を超えたおやじとしては、少しでも小2の双子らとの思い出作りができればとの思いがあり、海の日の連休を壱岐までフェリーで足を伸ばす。
目指すはネットで調べていた筒城浜という海水浴場だ。浜の端にある駐車場に車を止める。それほど出遅れているわけではなかったが、すでにそこから見える浜は客でにぎわっている。宿で子供たちは水着に着替え、親たちは水に濡れてもいい装いをしていたのだが、浜の入り口にあるこじんまりとした店に水着がかかっているのに気づいた。このおやじは厚手の生地でできた長めの短パンを履いていたのだが、突然その場にふさわしくないような気がしてきて、無造作に竿にかけててある海水パンツを物色してしまった。といっても選択の余地は2,3種類しかなく、カミさんにどれが似合うか訊ねても、おやじのパンツなど関心がないに決まっていて色よい返事など返ってこない。
まぁこちらも一時しのぎができればいいかとの判断であまり目立たないだろうと思われる格子柄のものを選び、急ぎその場で着替え、いざ浜へ。


浜には海の家が並んで数軒あり、とにもかくにも休める場所を確保しようと最初に出会った海の家に申し出るが建物の方は満席で、パラソルならまだ空きがあるという。それではと準備をしてもらい、さっそく子供たちと海のなかへ入って行く。



おきまり砂埋めや浮き輪でぷかぷかやビーチボールの投げ合いで時間は過ぎていったのだが、やがて尿意を感じてきたので防砂林を抜けて用を足し、また浜に戻ったときのことだった。
四十ぐらいのおっさんが、大きな浮き輪を手にしてこちらに向かってくる。そしてこう訊いてきたのだ。
「スタッフの方ですか」
一瞬なんのことか分からなかったので黙っていると、また同じ問いかけをしてくる。場所はちょうど海の家の前あたり。振り返ると海の家の名前が書いてある看板が目に入る。あ、そうか、このおっさん、このおやじを海の家のスタッフと勘違いしているのだと分かるのにしばらく掛り、相手もその間、緻密な思考をめぐらしたようでこちらの返事を待たずに「あ、失礼しました」と去って行ったのだ。
夜のスナックではやくざか警察官に間違えられたことはあるが、こんな経験は初めてのことだ。なぜ都会派のイケメンおやじが海の家のおやじと間違えられたのだろう。



思い当たるのは格子柄のパンツぐらいしかない。そうか、これがいわゆる「格子いわく、五十にして店名を知る」ってやつだな、などと子供たちには分からないだろう思い出がひとつおやじの胸に刻まれたのであった。

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