モラル


息子たちよ、今日はモラルについてお話ししてあげよう。え、モルラってなにかって?違う違う、モラルだ。え、そんなのテビレでも見たことないって?
まぁまぁそう騒がずトウコロモシでも食べながらゆっくり聞くがいい。
覚えているだろ。バズに会いに行ったあの日のことを。君たちは飛行機があまりに安定して飛んでいるので動いていないと騒いでいた日のことだ。無理もない話だ。旅行代理店の手違いで翼しか見えない席に座ったのだから、静かな機内から見える風景はいつまでたっても冷たいジュラルミンだけだった。君たちに空からの風景を見せたかったパパはとってもショックだったんだけど、そんな些細なことは忘れ、大きな目標があったのを思い出してくれ。そうバズだ。トイストーリーのバスに会いにいったのだったね。


でも向かった会場のスタッフの人からいわれたよね。列に並んで3時間待ってくださいって。
お前たちはまだ幼いから3時間という長さは分かるまい。いろんなことがゆっくりできる時間なのだ。やってみたことはないが、きっとブロックをはしご車のはしごの高さぐらいは組み立てられるだろうしブランコだってお尻の皮がむけるまでこげる。そして間違いなく君たちが騒ぎ出すに足る十分な時間なのだ。
だから泣く泣くあきらめてほかのアトラックションに向かったんだよね。それも並んでいる人が少なそうなところを選んで。確かピーターパンと一緒にゴンドラに乗るアトラクションだったね。そんなのを目指してはるばる地方から来たんじゃなかったけど、仕方ないよね、でもね、それでも2時間待ち。持ってきた文庫本でも読みながらパパが1人並んで順番が近づいたら携帯で連絡するから、君たちはどこかでアイクスリームでも食べておいで。
そんな君たちがその場にいないときにコトは起こったんだ。列を監視していたおにいちゃんがパパが並んでいる後ろの方の人に質問をしていたんだよ。「お客様はお連れはおられますか」ってね。お母さんらしきそのお客さんはこう答えた。時間があるのでどこかへ行っている、と。
そのお母さんもパパと同じことを考えたわけだね。ところがスタッフのそのおにいちゃんはこういうんだ。
乗る人は列から出ずに並んでください、って。
お母さんは謝りながらあわてて携帯で連れの家族を呼びだしていたようなんだけど、謝る必要なんかない気がする。そんな釈然としない気持ちを抱きながら手にした本の頁をめくっていると、そのおにいちゃんがパパの横に来て同じ質問をするんだ。
やれやれだね。パパはいってやったよ。待ち時間が長いからどこかで家族はほかのところで時間をつぶしているんだ。それのどこがいけないのかと。
するとパパより背の高いおにいちゃんは見下ろすように答えたんだ。モラルがない、って。
頭のなかでなにかがプチン、カチンと鳴る音が聞こえたよ。その音のせいで自分の声が聞こえづらくなったんだと思う。それで思わず大きな声になったんだと思う。とにかくおにいちゃんの背のはるか遠くの空まで聞こえるようにいってやった。ほんの少し前にママから携帯で聞いていた情報も混ぜながらね。
モラルがないのはあんたらの方だろう。今、入場制限をしているんだろ。それならなぜもっと前に制限をしなかったんだ。企業モラルがないからこんなに長時間並ばなければならないことになるんだ、ってね。
おにいちゃん、素直だった。理解したのかどうかは不明だけど、とにかく「すいません」と一言いってパパから遠のいていったんだ。
周りの人はパパの大きな声に驚いたかもしれないけど、きっとパパの意見に賛成してくれた人もたくさんいたと思うよ。どうしてかっていうと、おにいちゃんが去ったあと、パパはまた本に目を落としていたんだけど、前にいたほかのパパがパパに声をかけてきたんだ。顔を上げると、そのパパ、微笑みながらこういったんだ。自分も家族の代わりにひとりで並んでいたんだって。
モラルを口にするときは、まず自分を省みることだね。だからパパはモラルなんて言葉は口にしないようにしている。
え、行ったところはどこだったかって?えーと、そうだね、列から出ずにーランド、だったかな。

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