おいさん

 自転車のコースの一つに片道20kmほど行き、あまり車が通らないところを周回するものがある。今日はそこで練習。坂道も適当にあり、非常に気に入っているのだが、その登り坂での話。車道を登っていると、先のほうに小学3,4年ぐらいだろうか、男の子が二人、歩道をチャリで登っているのに気づく。平地であれどこであれ、横をボクが併走すると自転車に乗っている子供たちはうれしいらしく、大半がペダルの回転を上げ、ついてこようとする。一つはボクみたいな大人が自転車をこいでいるのがおもしろく、一つはあまり見慣れないバイクシャツやバイクパンツというのが、彼らの興味を引くんだと思う。ボクもそんなチビたちを見てると愉快で、だいたいがスピードを落としてほどほどに相手をしてやっている。


 今日も案の定、チビたちはボクに気づくと立ちこぎを始めた。こちらはガシガシ踏んでおり、チビたちのスピードがあまりにゆっくりなので、今回は併走をしてあげられなかった。そんなボクに、後ろからチビたちが声をかけてくれる。
「おいさん、早えぇ」「おいさん、ずごい」
 そうそう、それでいいんだよ、チビたち。おいさんみたいな、強い大人になりなさい。君たちのチャリにはない強力変速ギアのことなんかチビのうちは知らずによい。素朴に大人を尊敬しなさい。そんなことを心でつぶやきながら、心地よくペダルを回していたのだが、すぐに不思議なことに気づいた。
 今時分の練習は完全防寒対策をしており、ボクの身体が露出しているのは、大きめのサングラスより下だけで、まさに鼻と口だけなのだ。耳さえも出ていない。それなのに、なぜチビたちは、おいさんをおいさんと分かったのだろう。
 たしかに「行くぞ」とか「がんばれ」とかのかけ声はかけた。だがボクの声は青年の声と間違えられるのだ。
 医者ということでだろう、夜なんかに不動産やらなにやらの勧誘の電話がかかってくることがある。おかげで、こちらも受話器をとり声を聞いただけで、その手の業者だと分かるようになった。なにもこんな貧乏医者のとこにかけてこなくてもと思うのだが、もちろんそんな話はせず、まず相手が「先生おられますか」といったところで「父は外出してます」と切り返す。ほとんどの相手が「息子さんですか」と聞き、こちらが「はい」と答えるといつ帰ってくるのかとつながる。もちろんボクは「父は今日は帰ってきません」と断言し、この応答だけで、何回も無駄な時間を取らずにすんでいるのだ。だから声ではないはず。
 あとは体型が考えられるが、たしかにおなかは出ているが、結構きつめのバイクパンツをはいていたので、それほどおいさんっぽくもなかったと思う。
 あとはにおい。やはり肉体の賞味期限を過ぎ、おじさんのにおいを出し始めたのだろうか。
 うーんどうも、そのあたりがくさい。

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