うわさ


 ガソリンスタンドで給油中のこと。窓を拭いてくれるというので締めると、おばちゃんと若い男の子が二人で拭き始めた。しばらくすると、なにやら布がガラスをこするのとは違う音がしているのに気づく。とぎれとぎれながらも聞こえてくる外の会話で、男の子のしゃっくりだと分かった。


 おばちゃんいわく、「しゃっくりは続くと死ぬらしいよ」と心配している様子。
 その子はすかさず反論する。「アメリカでは20年もしゃっくりをしている人がいるそうスよ」
 それを聞いたおばちゃんの応えは、「あらそうなの」で納得した風。きっと今度しゃっくりが長引いてる人には「アメリカでは20年してる人もいるらしいよ」と安心させる側にまわるのだろう。
 で、メモしとこと思ったんだけど、うわさの基準てどこにあるんだろう?
 その若者がどういう形で情報を得たのか分からないが、”20年もしゃっくりをしている人がいるという”というのは、その場では、うわさの域を出てなかった感じ。で、おばさんが、いとも簡単に認めてしまったのは、あきらかに自分が聞いたうわさより若者のうわさの方に、より真実味を感じたからに違いない。
 その理由は想像に難くない。まずおばちゃんは、しゃっくりで死んだ人をみたことがないんだろう。実際は亡くなる前にしゃっくりが出ることは医学的にあるのだが、とにかく具体的にそうした場面に出会ってないのは間違いない。それと”アメリカ”と”20年”という具体的な内容は、おばちゃんに現実味を与えたんじゃなかろうか。
 思えばかのドイツ帝国の総裁も「うそも繰り返せば真実になる」みたいなこといって、まことしやかなウソを言い続け、とんでもないことしでかしたしなぁ。
 より具体的な情報であればあるほど、ウラをとる必要がありそうだと思ったわけで。
 でもね、あの坊やが「どこかの国じゃ、ながーくしゃっくりしてる人もいるんスよ」ってなこといっても、おばちゃんは「あらそう」で納得したかもね。
 ひと昔前、うわさに登ったオバタリアンだということだけかもしんないス。

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