タイプライター

幼いころ、家にオリベッティタイプライターがあった。キーを打つとアームが下から上へと立ち上がりアームの先に刻まれた文字が紙に印字される。ところがめちゃくちゃに打っていると隣り合ったアームが絡みあい、動作が停止することがある。
実際、タイプライターを見たことのない人にはなかなか想像しにくいだろうから、今となっては貴重な体験だったと思う。
だがこの経験がおろかな行為の元凶になっていたことに最近気づいた。
ああ、神さま仏さま、わたしはなんとうそつきであったのでしょうか。
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東急ハンズ

先日耳栓を買ったときのこと。東急ハンズの入り口にある受付で、売り場を尋ねると、受付嬢は即座に3つのタイプ、すなわち、ひとつは水泳用、ひとつは工事現場などで用いる作業用、ひとつは家庭用で、それぞれどの階に売っているか説明してくれた。
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耳栓

事情があって週に何度か場所を変えて夜を迎えることになった。その場所は都会にあるマンションの一室でアクセスもよく、小ジャレた雰囲気が漂う部屋なのだが、残念なことに近くに消防署と救急病院があるため夜中でもサイレンがときおり響くことがある。
近隣には戸建ての団地があるのだが、別に「サイレンやめろ対策委員会」からのビラなども目に触れていないところをみると、それほど周囲のひとは気にしていないのかもしれない。でも職業柄か、どうしても脳髄の奥深いところで臨戦態勢の緊張感がちらりとわいてくるのだ。
そこで購入したのが写真の耳栓。

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「かたみ歌」

うちのクリニックの建築は単純な長方形の組み合わせとは微妙に異なり、おおざっぱにいえば漢字の「下」のようになっている。書き順で「下」のはじめの横線が 1 で以下 2,3 と番号を割り振ると、これもおおざっぱに 1 のあたりに待合と患者用のトイレがあり、1 と 2 が分ける左の部分が受付と診察室、2 が診察室への廊下、3 がスタッフ用のトイレになっている。この 2 の廊下から 3 のトイレに入るとまず目に入るのが洗面台にある鏡だ。
その鏡に奇妙なものを見たのは、数年前の正月のことだった。
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だまし絵

子供らの中学入学祝いだからと、ちょっと財布のひもを緩めてみた。もちろんカミさんの英断だ。
場所はホテルのレストラン。


予約していた時間に行くと、横は5m、縦は3mはあっただろうか、壁に描かれた大きな絵の前にあるテーブルに案内された。上の2枚がその絵画で、1枚はカメラに入りきれず追加したものである。
食事を進める最中も、絵に目が行かざるを得ず、眺めていると、なんだか違和感を感じてきた。
絵のなかの同じテーブルにつく人も含め、その場の全員がお互い目を合わせておらず、奥のテーブルの男女の周囲との空間が変に狭く微妙におかしく、また右端の男性の影も気になる。

だれの作品か近くを通るスタッフに訊いても分からず、しばらくして責任者らしき男性が来ても、やはり分からないと頭を下げる。


画家のなんらかの思いが強くあらわされた絵なのかな、とひとまず納得し、話題が中学生活や制限されるオヤジの小遣いなどに変わったが、しばらくして、また絵の話に戻った。というのは、手前の女性が気になり始めたのだ。写真に撮ると、それもボロっちぃガラケイで撮っているせいか、そう見て取れないかもしれないが、女性の茶色の箇所だが、黒いコートをまとった女性の髪の毛のように見え、だとすると上の赤い帽子のようなものはなんだろうと疑問がわく。

よく知られた錯視の「少女と老婆」の先にある飾りのようにも見えるのだが、そう解釈を述べると、カミさんから違うと反論される。黒いコートを椅子にかけ茶色のコートを着た女性なのだというのだ。

なるほどそうだ。でも黒いコートを着たままの女性とした場合、コートを脱いだとした場合の女性の首は、肘をつく男性の手にも見えるではないか。むしろコートを脱いでいる女性だとしたら、上半身が奇妙に長くないか。そんな疑問を発したのだが、大蔵大臣は黙ったままだった。

結局、これはだまし絵みたいなものなのだろうか。
レストランだけに、客にいっぱい食わせようという魂胆なのだろうか、と首をかしげ、減らされる小遣いも気になりながら店をあとにしたのであった。

色あせる記憶

堂々と生きてきたからか、恥ずかしい記憶などほとんどない。あってもすべて黒く塗りつぶしているから覚えていない。おかげで人生の記憶は真っ黒だ。
ところで記憶は古い写真のように時間とともに品質が低下し色あせていくという記事があった。
「音楽祭に行き、好きなバンドを見たことを覚えている人もいるかもしれせんが、明るい舞台照明や低音の強さなど、その官能的な経験の強さは徐々に消えていきます」ということらしい。

うーん、あまりピントこないが、きっと、こうしたことではないか。
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