災難

診療手伝いに行っている病院での話。そこのレントゲン技師さん、元旦にある神社へ初詣に行かれたそうな。神社の駐車場に車をとめ、社にたどり付くまでの長い階段を登りお参りを済ませ戻ってみたところ、自分の車から数メートル離れた道を挟んだところに駐車してある車が炎上していたという。
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ゴーゴリの鼻

短歌や俳句に触れるとき、自分の感性のなさに驚くときがある。
中学校のときのことだ。石川啄木の有名な短歌、

たはむれに母を背負いてそのあまり軽きに泣きて三歩あゆまず

を読んだとき、その意味を最初、

あまりの軽さに、おんぶしなくても自分で歩けるだろうと感激し、母を下ろした

と理解していた。おかしいでしょ?ばかでしょ?

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不思議なこと

毎年年賀状を5000通近くいただいている。郵便配達員が誤配しているのか、郵便受けが溢れるのをさけるため届けをためらっているのか、不思議なことにそのうち4800通近くはうちに届かない。年の初めからJPともめるのもためらわれるので、毎年そのままにしているのだが、今年そうした年賀のなかに気になるものがあった。

「今度は是非お会いして、いろいろ不思議な話を聞かせていただければと願っています」との文言が書かれたものだ。
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スターリン主義

昨年末、中学3年のうちの子が冬休みの宿題の話をしていた。訊くと学校の図書館にある本を読んで読後感想文を出さなければいけないという。
めんどうだから図書館にあった一番薄そうな本を選んだという。60ページほどのもので題名は「スターリン」。スターリンの生い立ちを描いているらしい、とのこと。

ふむふむ、がんばってね・・・って、ちょっと待って。あの旧ソ連邦のあの独裁者なの?
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2021年

年が明けた。とはいえ日にちが変わっただけ。この膨大な宇宙のなかの時間の経過のとてつもなく小さなひとつに過ぎない、などと国際宇宙ステーションのクルーは考えるのだろうか。

昨年は人生でとても困難な年であった。生き死にのことを考えなければならかったことから、個人的にとてもわずらわしいお金にまつわるごたごた。
そんな地べたを這うように生きている人がその窓から見える地球にいることを国際宇宙ステーションのクルーは気づいているのだろうか。

とはいえ、ほんの、ほんとにほんのわずかだろうが、わたしも宇宙にあるいろんな真理に読書や経験を通して触れることができる。
国際宇宙ステーションのクルーも、きっといくばくかの人生のごたごたを背負って生きているはずだ。

2021年のはじめ、なんとなく、そんなことを考えた。だからなんなのか、自分でも正直よく分からない。
分からないけど、命ある限り今年もいろんなことを知る努力をしたいと、心から思う。

喪中はがき


 母が今年六月老衰で他界いたしました。享年九十一歳でした。
いろんなものを作るのが好きな母で、干支のちぎり絵や様々な風景の刺繍をクリニックに届けてくれたものです。
 写真の詩もすべて母が創作したものです。わたしが小学校を卒業するまでの3年間、優秀賞として校門に掲げられていました。元の詩はもっと長かったのですが、ダイジェスト版になっています。横にいるのは小学3年生のわたしです。
頭で隠れていますが、わたしの名前がそこにあります。
つまり母は詩の宿題ができずにいた馬鹿な息子に助けの手を差し伸べたゴーストライターだったのです。
わたしにとっては、こんな風な”賢母”でした。
 でも今や本当のゴーストライターになってしまいました、などといういくぶん不謹慎な冗談も、きっとジョーク好きで優しい母ならひと一倍喜んでくれていることでしょう。
 そんな母をこの正月は家族で静かに偲びたいと思います。
 みなさまにはよい年が訪れますようお祈りいたしております。